スティッカムにてネットラジオ「torrows in the night !」を毎週土日21時から24時まで放送中!


by torrows
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カテゴリ:NEW YORK( 3 )

 恐怖の地下鉄は轟音を上げながらダウンタウンを目指す。時々車内の電灯が消える。トロリーがどっかで途絶えるのであろう。昔の銀座線を彷彿とさせる。

 最初は怖い地下鉄も僕は段々好きになる。今乗っているのはN合繊と言ってアップタウンからダウンタウンを結んでいて、マンハッタンのど真ん中を走る地下鉄だ。他にもサイドを南北を結ぶA号年やR号線なんかもある。この地下鉄には様々な事情や行き先を持った人々が同時に乗り合わせる。人種の坩堝と言われるこのアメリカで地下鉄ほどそれを肌で感じる空間は無い。

 アップタウンに面した地下鉄に乗ればヒスパニック系の人々が乗り7号線のクィーンズに向かう電車に乗ればオリエンタルの人種でいっぱいになる。

 ウォール街に向かうこの電車は平日だとスーツを着た白人達で埋め尽くされ、何番線に乗るかで人種がかなり変わる。

 そこにも貧富の差が出ていて、7号線に乗って来る人はというと、オリエンタルの貧しい子供が一個$10のオモチャを売って廻っている。そして盲目のバイオリニストが悲しい演奏を奏でて物乞いをしている。
 アップタウンの電車に乗ればヒスパニック系の兄弟のバンドが愉快な演奏を車内で行い、おにいさんがバンジョー、弟がギターを弾き、末っ子の妹が手すりに捕まりプロのシンガー顔負けの歌声で歌い、終止明るい空気に包み込まれる。7号線に比べると民族的な部分もあるかも知れないがとっても幸せそうに列車の人々の前で歌うのが印象的だった。

 さて、僕を乗せた地下鉄はウォールストリートの駅に着いた。そこにはニューヨーク象徴するあのツインタワー。ワールドトレーディングセンターがそびえ立つ。

1999年当時このビルはまだ健在だった。その日は良い天候で時間もお昼を過ぎると活気に満ちていた。地上400メートル上の展望台はカザッ晒しで本当に怖い!下を走るキャブはまるで蟻の様でこんなに高い所に登ったのは始めてかも知れない。僕は東京タワーはおろか地元の横浜ランドマークタワーにも登った事が無いのだ。別に高所恐怖症とかそういう理由は無いんだけど、知っている街の高い所に登る理由も無かったんだと思う。
 観光者としてやっぱりこういう所に来るんだろうな。やっぱり。

 そのあとはバッテリーパークでしばし休憩。公園の中は美味しそうな匂いで充満する。そう屋台が沢山あるのだ。ポップコーンの焼ける匂いやホッドドックの匂い。僕はお腹が空いて来てホットドックを食べる事にした。

 2個注文して食べたのだがこれが本当に美味い!ソーセージはビーフ100%で暖かいオニオン、ザワークラウト、プクルスなどの野菜がたっぷり。そこにケッチャプとマスタードをたっぷりかけて食べる。パンもしっとりしていて美味しい。あっというまに平らげてしまった。のでもう2個注文すると、店のにーちゃんは「こいつ食うなあ....」といわんばかりの顔でこちらを見ている(笑)食っている最中もこちらをちらちら見ていたな(笑)多分子供がホットドックを馬鹿食いしていると思っていたんだろうな。だってアメリカに行ったら僕なんか中学生くらいにしか見えないからである。バッテリーパークから海を見ての食事は最高に美味しかった。

 さて、お腹がいっぱいになった所でソーホーを巡る事に、しかし次回はアメリカの食事事情についてお話しよう。  続く!
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by torrows | 2007-07-15 04:04 | NEW YORK
 一日目の夜は息が白くなる程寒かった。日中は汗が出る位なのに。大陸気候の厳しさを見に感じ、僕は就寝した。しかし何故か汗びっしょり。そして目が覚めると食卓から朝食の匂いがした。
 うーん朝かと思い、まだベッドでうつらうつらしていると何やら人の気配が。

 そこにはKOSHIBE家の長女AYAKAがそこに居たのだ。くすくす笑いながら僕の寝顔を覗き込んでいる。僕はおどけたように大きく目を見開き「おはよ〜!!」と彼女を驚かせる。

 平和な日本人家庭の朝食はアメリカでも変わらない。AYAKAは学校に行く支度をしながら大好物のワッフルを頬張りミルクで流し込む。KOSHIBE氏はリビングのソファで新聞を読んでいる。テレビでは早口なキャスターが今日の天気予報を報じていて窓の外は太陽がさんさんと輝く。エアコンなど要らないこの国の気候の朝は本当に清々しい。ニュージャージー州ティーネックの朝はこうして始まった。
 僕はトーストとコーンプレークを頂き、KOSHIBE氏のバンに乗り、一路マンハッタンを目指すことになった。

 KOSHIBE氏が家を構えるこのニュージャージー州のティーネックとはマンハッタンからハドソン川の向こうでエジソンの故郷。野球の発祥の地としても有名で、ニューヨークに隣接している為ベッドタウンとしても活気のある街である。
 のどかな川の流れとグリーンが映えるこの街は、何処でもバスケや野球に興じる人々の姿がある。
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 KOSHIBE氏のバンはリンカーントンネルを行き、トンネルの出口を抜けるとそこにはニューヨークの中心街42丁目の交差点が目の前に広がった。ここはタイムズスクゥエアと呼ばれ映画館や劇場、飲食店やバスターミナルがある。ここは言わず知れた「世界一有名な交差点」である。バンは南下してダウンタウンを目指す。

 バンが止まったのはニューヨークの23丁目。ダウンタウンと呼ばれるこの一帯は、移住区や商店が立ち並ぶ。少し道を外れるとチャイナタウンやリトルイタリーといった、コミュニティ街がある。KOSHIBE氏はここにある日本料理店の内装工事仕事でここまで来た。すると「ここから地下鉄に乗ってウォーストリートまで行ってらっしゃい」と言われ、僕はそこで観光する事にした。

 しばらく道をアベニュー沿いに歩いた。目の前の状景は日曜の朝という事もあり、人が歩いておらず、散らかったゴミが風に流されて地下の給湯管から湯気が立ち籠める。それは紛れも無くニューヨークの状景そのものだった。そして小便臭い。
 地下鉄の入口が見えて来た。そこにはCANAL stという駅名が記されている。(23丁目から結構歩いた)

 しかしその地下鉄の雰囲気といったら怖いとしか言いようが無い。薄暗いブースは牢屋のようで水が滴り落ちるその状景は昔ゲームセンターにあったカプコンの”ファイナルファイト”を思わせるもので日曜の誰もいない朝の地下鉄。かなりビビりながら脚を進めた。

 ニューヨークの地下鉄は切符の代わりにトークンという小さなコインを買う。これは一つ1.5$で買えて、何処まで行っても一律料金というものだ。僕はチケットブースでone tookun preseと笑顔でそう言った。すると........

ブース内の黒人のねーちゃんが「先に金を出せ!」とマイクを使っていきなり怒鳴り始めた!「ぎゃあ〜助けて!」と言わんばかりに$2差し出すと、ブースのねえちゃんは投げつけるようにジャリン!!と25セントを2枚受け取り口に放り投げる。マジで殺されるかと思った。

 改札を抜けてホームに着くがやはり誰もいない。そこにはWaitingAriaという所があり、そこは監視カメラが備わっており犯罪が起きないようにするという所だった。

 はっきりいってめちゃくちゃ怖い。日本の鉄道事情とは全然違うと肌で感じた。しばらくするともの凄い轟音を轟かせてホームに列車が滑り込む。ドアの開くタイミングも必要以上に早く開き、バンッ!!という音を出して開く。もはやドアが開くだけでも恐怖であった。

 プラスティック製のイスに腰掛けて電車に揺られるのだが、乗り合わせた乗客がターバンを巻いたインド人の紳士......ここは一体どーなってるんだ?という感想を抱くくらいニューヨーク一日目は不思議と恐怖の連続だった。電車はウォール街を目指す。  続く!
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by torrows | 2007-07-08 14:31 | NEW YORK
 もう8年前になるのだが、僕はニューヨークに2ヶ月間滞在した事がある。あの経験が僕の世界観を変えるターニングポイントだったと思う。
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 1999年、当時僕は20歳で学生だった。父の友人がニューヨークで暮らしているので、そこに世話になってこいと、電波少年的に飛行機に乗せられ僕はニューヨークへと旅立った。

 勿論飛行機に乗るのも始めて。航空会社はコンチネンタルエアラインというアメリカの航空機に乗った。離陸と着陸が他の航空会社よりスリリングらしく、隣の老夫婦が「こんな怖い飛行機乗ったのは始めてだよ」と笑っていた。何でも空軍出身のパイロットが多いらしく、アクロバットなフライトで有名らしい。機内食もとても美味しくて、こんな感じだったら現地の食事も大丈夫そうだな。と思った。そして13時間のフライトの末、僕はニュージャージー州のニューアーク空港に降り立った。

 13時間のフライト。機内の客室乗務員との英語でのコミュニケーション。美味しいアメリカの料理やスナック。全てが始めての経験で、そしてもう一つの始めての経験が「入国審査」であった。

 僕は列に並び、順番を待つ。横の列のカウンターでは日本人女性が大声を上げて税関の人と大げんかをしている。不安がよぎる。僕は入国出来るのか?

 間もなく僕の番に廻った。カウンターには大柄な白人男性の税関が待ち構える。低い声で僕に「passport prese」と。

 何もやましい事はないのだが、ちょっと慌ててパスポートを出した。次にアメリカに入国する目的を聞かれ、滞在期間を聞かれた。

 僕は平静を取り戻しそれを英語で答え、もう終わりかな?と思っていた時、彼が帰りのチケットを見せろ。と言って来たのだ。

 僕はその英語が理解出来ず、何を提示していいのか解らなかった。tiketという単語は解ったのだが何のチケットか解らない。そして彼は僕に分かり易いように簡単な英緒でこう話した。go home.

 「......は?!帰れ?!うそ〜!ここまで来たのに!」緊張と動揺でちゃんと人の話しを聞かないうちに僕は日本語でこう叫んでしまった(笑)そして数分立ち往生。

 しかし税関の男性はゲラゲラ笑いながらどこかへ電話をしている。「おいおい!何処に電話繋げているんだよ!このまま強制連行か!?」しかし何となく話しのニュアンスで解ったのだ。帰りのチケットを見せれば良いのか?帰りの航空券を見せてようやくビザスタンプを押してもらいゲートをくぐる事が出来た。ふ〜やれやれ。

 税関の男性は「hahaha! SAYONARA baby!」と言って手を振っている。くっそ〜完全に嘗められてる(笑)いつかお前に文句言える位英語が使えるようになってやる!覚えとけ!と負け惜しみを言いつつ空港を出た。

 入口には父の友人のKOSHIBE氏が待っており、挨拶を交わしクルマに乗り込んだ。時間は夕方。広大なアメリカの道路を一路ニュージャージー州内にあるKOSHIBE氏の家に向かう。そしてKOHIBE氏の家族と対対面した。
 僕と同い年のJINとGEN。そして当時10歳の女の子のAYAKA、KOSHIBE氏の奥様と犬のMOMOが迎えてくれた。僕は人見知りしない性格なので直ぐにKOSHIBEファミリーを打ち解ける事が出来た。

 夕食を済ませ、あとは寝るだけか?と思いきや、これから映画館に一緒に行くとのこと。映画はショーンコネリーが主演しているエンプラットメントだった。
 しかしここでも言葉の問題が生じ、ポップコーンとコーラを注文した所、一番大きいサイズが来てしまった。これが8$45¢。高けえ。
 字幕無しの映画(当たり前だが)を観て、映画館を出るととても寒く、5月だというのに息が白くなる。夕方は温かかったのに。ようやく眠りに着いたのだが、何故か汗びっしょり。始めての場所で緊張の連続だったからだろうな。こうしてニューヨーク一日目が終わった。続く!

 
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by torrows | 2007-04-30 12:55 | NEW YORK